耳を噛む

アクセスカウンタ

zoom RSS 「象徴界へのテイク・オフ」

<<   作成日時 : 2006/07/07 23:59   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 まだ続くかジャック・ラカン。

 「現代思想のパフォーマンス」では、ジャック・ラカンの思考の一端をカミュの「異邦人」を分析することで紹介されている。ただし、ラカンの思考を読み解くというのは、誤読を免れない行為なのだと前置きがあってのこと。

 ムルソーは「なにも意味しないものは、なにも意味しない」という危険な心理を語る。しかし人間世界の秩序は「何も意味しないものは『何も意味しない』を意味する」という真理形式に支えられている。失われたものを「失われたもの」として表象すること、「母の不在」を「『母の不在』の記号」にすり替えることによって、人間は想像界から象徴界へのテイク・オフを果たす。そのすり替えを拒絶することは、象徴界への算入を拒絶することである。

 「夫/兄/男の不在」の話として、もう10年ほど前に「しめやかなはたらき」という舞台で「喪の仕事(存在の不在の乗り越え)」(記号のすり替えと呼べるか?)を扱ったが、当時はそれよりもむしろ、すでに不在となった存在の不確かさに焦点があてられていた(ような気がする)。
 一定の形状に留めることの難しいもの(ことばにし難いもの)をなんとか目に見える、かろうじて認識できる形に一瞬でも留める作業なんだろうな。わたしがやりたいのは。
 って、上の引用した一節がその結論に直結してないように思えそうだけれども、わたしの中ではそういうふうにつながったのだから、事故のようだけれどしょうがない。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「象徴界へのテイク・オフ」 耳を噛む/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる